ホームレスについて考えた冬、そして春

イギリスの冬は長く、暗く、厳しいものですが、やっと終わりを告げたようです。3月4週目から突然気温が上昇。一気に花が咲き始めました。
「冬好き」と言い続けている私ですが、眩しい日差し、青い空、美しい花々を見るのは嬉しいものです。でもそれ以上に嬉しいのは「ホームレスの人たちが震える季節が終わった」と思うことです。例年以上にそんな風に思うのは、この冬、心をえぐられる光景を目にしたからです。
凍てつく夜のできごと
2月のある晩。気温はマイナス3度、本当に凍るように寒い夜でした。私は仕事の帰りに電車に乗っていましたが、車両の中で「ホームレス」を名乗る人(女性)が「助け(お金や物資など)」を求める声をあげながら移動していました。
こうした光景は四季を問わずイギリスではよく見かけるものです。電車内だけではなく、駅やスーパーマーケットの前等の人が集まる場所で、シェルターに泊まるためのお金や食べ物を求めていることが多いのですが、彼女の訴える内容は少し異なるものでした。
「ホームレスになって日が浅いのですが、昨夜は〇〇駅の前で夜を明かしました。薄いコートしかもっておらず、昨日は上着が凍ってしまい死の恐怖を覚えました。電車が止まる時間になったら、今日も外に出なくてはなりません。何でも良いので体を温めるための衣服類を私にくれませんか」
お金や食べ物ではなく「衣服だけ」を求めていた彼女の訴えは、心を強く打ちました。「どうしよう?」― そんな風に思ったのは私だけではなかったようです。彼女の言葉で、周囲の空気が変わるのを感じたからです。

皆が考えている間に、電車は次の停車駅に止まりました。
私の向い側に座っていた人がすっと立ち、分厚いコートを脱ぎ、彼女に手渡しました。小さな声で「Take Care(気を付けて)」と声をかけ、静かに電車を降りていきました。
5秒間ぐらいの出来事でした。
コートをもらった女性は「Oh God」と小さく声をあげたあとすぐに袖を通し、「Thank you, Thank you, Thank you」とドアに向かってつぶやきました。そして次の駅で電車を降りていきました。
行動した人、何もしなかった自分
その日は痛いほどの寒さだったので、「電車を降りた後→自宅に戻るまで」の家路を考え「コートをあげる」という発想は私には浮かびませんでした。しかし、帽子、手袋、マフラー等、あげられるものがなかったわけではありません。
でも私は躊躇し、何もあげませんでした。
「行動した人」は本当に静かに、すっとコートを手渡しました。

電車を降りた後、頬を切るような風を浴びました。こんな中で眠らねばならない彼女の事を思いました。「行動する」と「行動しない」の間には圧倒的な違いがあり、それが命の境目を埋める物であると思った経験でした。
イギリスと日本のホームレス支援政策の違い
イギリスは大変ホームレス支援が充実した国です。特に法制度が充実しているのが特徴であり、1977年に「住宅(ホームレス)法(Housing (Homeless Persons) Act 1977)」が成立したのを皮切りに法制度が整えられました。イギリス政府は「まず住居を提供し、生活を安定させた上で支援する」という「ハウジング・ファースト」の方針を基本にし、生活支援(ユニバーサルクレジット)は別途申請することができます。
一方日本政府のホームレス対策は「自立支援」が中心であり、「恒久的な住居の提供」よりも「就労支援」に重点が置かれています。生活保護制度はあるもののホームレスの人が申請するのは難しい場合が多いため、「家なし」「携帯電話番号もなし」の状態に陥りやすく、就労までの道のりがとても長くなってしまうという指摘があります。
日本でホームレス支援をしている団体の活動をSNS等で見ていますが、日本の方が支援する側も受ける側も厳しい環境にあると思います。

この表(↑)を見る限り、「イギリスにはホームレスは存在しないのでは?」と思うかもしれません。
確かにイギリスは、在英資格(ビザ)があれば国籍に関係なくイギリス人と同じ福祉を受けられる国なので、手続きを踏めば確かにホームレスにならずに済む可能性が高い国です。
しかし支援申請資格をクリアできない人もいます。例えば、アルコールや薬物依存症を抱える人は、治療プログラムに参加することが支援受給の条件ですが、治療を拒否する人もいます。また支援を受けても安定した生活を維持するが困難となりまたホームレスに戻ってしまう人も多いのです。これだけ制度が整っている国なのに、実際には法の隙間からこぼれ落ち、ホームレス状態となる人が多数生まれているのです。

できることはたくさんある
イギリスはチャリティ団体の活動が盛んな国です。多くの人が何らかチャリティ団体を支援しており、お金を寄付しています。私が通う教会(イングランド国教会)では、教会に献金をすると、その何割かが地域のホームレス支援団体、フードバンク、無料食堂への支援に繋がります。透明性のある分かりやすい取り組みなので、安心して献金をしています。(画像↓:スーパーマーケットにあるフードバンクの寄付用ボックス)

また個人レベルで支援する人も多いので、支援のすそ野は広いと感じます。駅の前に座っているホームレスの人に温かい飲み物や軽食を手渡す人、スーパーマーケットの前にいるホームレスに声をかけ「ほしいものが何かありますか?」と聞いている人等、周囲を見渡すと、「行動」している人を実はよく見かけています。身近な友人も、無料で食事やお茶が飲めるカフェ(↓)に手伝いに行っています。
….and we're back!
— South Norwood Community Kitchen (@norwoodkitchen) January 7, 2025
The caff is open today, from 10am-3pm, and a delicious menu of ravioli with a homemade marinara sauce, fresh salad with a yuzu dressing.
You can find us every Tuesday-Friday, from 10am-3pm at Socco Cheta, 44b Portland Rd, SE254PQ#snck #southnorwood pic.twitter.com/QzxzGdnzc4
社会のこと、未来のこと、一緒に考えたい
「コート事件」があまりに衝撃だったので、唐突&長々私の経験を書きましたが、チャリティ団体の活動や人道支援が活発な国に住んでいるのだから、もう少し踏み込んで行動し、その経験をiUの学生さんとシェアしたいと思った出来事でした。
皆が幸せになれる社会のこと、未来のことを一緒に考えたい。それが私の、2025年新年度、客員教授としての目標です。
日本と海外事例を比較することで、新たなヒントが生まれるかもしれません。それがより良き未来を作るアクションに繋がる可能性もあると思うからです。
4月に新たに入学する新1年生の皆さん、1学年進級した在学生の皆さんと、今年どんな形でかかわれるのかまだ分かりませんが、遠い国にいるものの「iU」という学び舎の同じ屋根の下にいることに変わりはありません。
どこかでお目に掛かれますように。そう願いつつ、共に新年度を迎えたいと思います。本年度もどうぞよろしくお願いいたします。